カテゴリ:ともだち( 4 )

ともだち

久々に ちろりん と会った。
バイク仲間で顔は知っていたが、実際にお友達らしい付き合いをし始めたのは、最近だと思う。
私から見た彼女の印象は、華奢というイメージ。
線が細く、頭の切れがよい印象。
彼女が同じくバイク仲間と結婚し、そのお祝いを ぽちと持って行ったことからなんとなく女同士の会話が始まった。

アメリカ帰りとあって、ちょっと日本人とのイメージとは異なる雰囲気もある(彼女自身は日本人)。
人との接し方に、それを感じる場面がある。
相手を思いやる視点もちょっと違う(これは個人差か)。
人の話をいい加減聞くタイプではなく、しっかりとらえてくれる人だ。

そんなこともあり、今回の自分の病気のことを彼女へ話すことにした。
入院中の携帯メールからだ。

それから、退院後も気にかけてくれ、メールや電話でやりとりするようになった。
いつの間に彼女の悩みも聞くようになっていた。

何度か電話でやりとりしているうちに、
こんどゆっくり会おう♪
ということで、先日新宿であった。

つもる女同士の話しをしまくってきて、楽しかった。
話題は楽しいことばかりではなかったが。
一緒に過ごせた時間がとても楽しかった。

私の方での話題は、もっぽら今回の病気での出来事あれこれ。
周りに人に話したメリットとデメリット。
それによる自分自信の心理的ストレス。

受け止めてくれて、共感してくれて、言葉をひとつひとつ選び
彼女の考えることを話してくれた。
自分でも悩んでいたあることを話したときに、
ぐっと抱き寄せてくれ(ヘンな意味でなくね☆)、そういう表現になれていない私は、お馬鹿で後ろから自転車か何かがきてよけてくれたのかと思ったんだけど、彼女なりにいたたまれなかったらしく、言葉でなく態度で表現してくれた。

相手を大事に思うって、どういうことなのか。
彼女を通して教えてもらったような気がしてならない。

ここでも、病気によって教えてもらった大きな事がひとつ見つかった。


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by yayakoshiya_tama | 2005-01-16 15:17 | ともだち

いじめっこ と いじめられっこ 3

そして、翌年彼女は無事合格し、落ち着いた頃にメールが届いた。
ご近所さんに合格は聞いていたのだが、本人からもメールで報告してくれた。
同志として、嬉しかった。
学校の仲間ではないし、補習講義の時のみのつながりだったから、合格報告は予想外の展開ではあった。
こちらからも、早速返信した。

返信に対して、彼女から返信が来た。
その返信で、私は今までのこと全てが報われることになる。
報われるなんて大げさな・・・と、端から見ると感じるかもしれない。
本当に彼女のメールで私は、報われ、救われ、前に進むことが出来た。

ご近所さんに私のことを聞いて以来、当時のことを気にしていたようだった。
このことに関しては、本当に私の方からは一切口にしていない。
彼女の意志で、それを切り出してきた。
次に自分が同じような思いになるのが怖く、大勢の中にいたと。
結局は意地悪な子だったと。
今更謝られてもと思うかも知れないが、
[ごめんさない]と。

その言葉を目にしたとたん、次から次へと涙がこぼれた。
どれだけその言葉を待っていたか。
気が付いてもらいたかったか。
勿論、彼女一人がその対象だったわけではない。
彼女一人に対してそういう風に思っているわけではない。
たまたま、今回再会するきっかけになったのが、彼女だったに過ぎない。
それでも彼女の思いと、言葉によって解き放された。

彼女にしてみても、かなり勇気のいることだったと思う。
それでも、一歩踏み出してくれたその勇気に心から感謝したい。

彼女に今までの思いを話した。
最も嫌な、忘れることの出来ないことだったと。
死んで骨になっても忘れることは出来ないだろうと思っていたと。
これは、別に彼女を責めているわけではなく。

そして心からお礼を言った。
30年以上たってからの「ごめんなさい」でも
遅すぎることはなかった。
私を救ってくれてありがとう。


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by yayakoshiya_tama | 2005-01-16 14:05 | ともだち

いじめっこ と いじめられっこ 2

保育士の資格にチャレンジした際、同じスクールに通った人の中に、
偶然にも元ご近所で、同じ歳の人が出てきた。
話を聞くと、いやな思いを思い出す羽目になってしまった。
中学で彼女は、私にとって思い出したくない人たちが一緒だったことが分かる。
深入りするのはやめようと密かに思っていた。
いじめっ子の一人が彼女の親友で、そのいじめっ子さんも翌年受験を志しているという。

その年に一度で合格しなかった私は、
翌年、試験に再度チャレンジすることになる。
その時に、スクールでお世話になった先生が補習をしてくださるという話が持ち上がり、
仲間内に声をかけることになった。

その中に、ご近所さんもいた。
そして、ご近所さんのお友達。
当時、いじめっ子に声をかけるべきかどうするか、散々迷った。
迷いに迷ったあげく、彼女にも声をかけることになった。

なぜ声をかけることにしたのかというと、
この受験仲間において、同じことを志している仲間がいることで、強くなれることを知り、
一緒にみんなでがんばれると言うことを、先生を通して教えてもらったからだ。
それと、先生を通して、良い仲間と知り合うことが出来たから。
過去のことはともかく、その時点で私にはいじめっ子より、
同志であることの方が強かった。
しかも、学校に通わずに通信だけで頑張っている、と言うことが凄いと思ったから。

自分の中での葛藤は大変なものだった。
誘ったことに対して、参加するという返信が来たからだ。
どうやって会おう・・・。
嫌な思い出しかない彼女と。
会うことによって彼女に自分が何かを期待しているのだろうか。
あれこれ考える日が続いた。
とにかく、自分から当時のことを話すことだけはするまい。
それだけは、腹に決めた。

いざ、当日・・・。
30年以上も前の面影をそれぞれ持ち、再会することになった。
普通に会話できた。
自分が通信で使っている資料などを、持ってきてくれ、役に立ちそうなものを教えてくれた。
彼女は彼女なりに、とても気を使ってくれているのがよく分かった。

その年、私は無事合格へとつながり、彼女の方は残念ながら2科目を残すことになった(私も2年がかり)。


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by yayakoshiya_tama | 2005-01-16 14:03 | ともだち

いじめっこ と いじめられっこ 1

かつて いじめられっこ になっていたことがある。
自分一人に対して、その他、殆どクラス全員である。
実際にいじめてくれた人。
自分がそうなるのが怖くて加勢した人。
何もせずにじっと見ている人。
それぞれいた。
何でそんなことになってしまったのか。
いじめられる本人の性格が悪いから・・・。
本当にそれだけなのか。

昨日まで普通に接してくれていた友達が、
翌日からころっと変わるなんて信じられる?
本人一人ならともかく、「たまを ちょっと 町外れにしちゃえ!」
たったこの一言で、全員がそれにまわった。
何でそんなことを知っているかって?
他の理由があったらそれは知らないけど、
当の本人に聞いたから。

確かに、他の学年の時に仲良くしていた人の中には
決して荷担しない人もいた。
見るに見かねて母が校長に手紙を書いたとき、
その学年の教師達の態度が、がらっと変わった。
校長に何を書いたのか気になって仕方がなかったらしい。
かつて担任だった先生は、声をかけてくれることが急に多くなった。
担任に出した手紙に関しては
(進学校だったので)内申点などを気にして、
今までそうでなくても辛く当たった人が出てきたし、
逆に、今までいじめの中心だった人が、内申怖さに急にやめた子も出てきた。
「まるで私たちが加害者扱いじゃん!」
そう激怒した人もいた。
私からしてみれば、彼女たちは加害者だから当たり前だと。

ストレスから学校を休むようになったり、
校門まで親に連れられ、無理矢理登校していたこともあった。

随分時間も過ぎ、家庭を持つ年齢になる頃、
引越ことなく今もズーと同じところに住む私にとって、
何人か、パートナーや子供達と街中を歩いている彼女たちを時々見るようになった。

何となく、納得できない何かが、自分の中で騒いでいるのを感じることもあった。
自分は人のことを散々いやな思いをさせておいて、
幸せそうにしているのが許せない、という感情にかき立てられている自分がいる。
彼女たちを困らせるには、本人ではなく、子供達だろう。
と、恐ろしい感情に惑わされている自分がいる。

かたや、何時までもその当時のいじめから解放されない自分が、
なんともやりきれなくなることもあった。

人によっては、
「子供の頃は残酷だから・・・」で、済ませてしまう人もいる。
確かにそれもそうだというのも分かる。
それでも当の本人。私にはそれが出来ない状態だった。


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by yayakoshiya_tama | 2005-01-16 14:02 | ともだち